まだ学校で消耗してるの?

小2長男・脱学校につき、学校のオルタナティブを研究中

ジブリの世界みたいな里山で遊んできたよ

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写真:「地球クラブ」はこーんな山の中にあります。

 

 

 

「子どもが学校をやめたよー」と話をしたら、とあるお友だちがこんなところを紹介してくれました。

 

 

青木村には「地球クラブ」という、乳幼児からお年寄りまで、さまざまな年代が集まって、里山でいろんな体験をする団体があります。

参加者は村内にとどまらず、上田市などからも来ているそうです。

 

 

その未就園児向けの会が、平日に「まめっこ」として活動をしています。

 

 

「地球クラブ」は土日の活動が中心で、学校に行っている子ももちろん来ます。同じクラスの子と鉢合わせするのは避けたい……ということで、まずは平日開催の「まめっこ」に参加してみることにしました。

 

 

青木村のとある場所にあるのですが、途中からは車1台がやっとという細い道に入っていきます。

なんだか千と千尋の神隠しみたい……。

 

 

とつじょ、縄文人の住居みたいなものが見えてきます。

そこが「地球クラブ」のフィールド「ふくろうの里」なのです。

 

 

立派な木造の小屋と、竪穴式住居が建っています。

大きな木が何本ものびのびと枝をひろげ、池もあるし、『バムとケロの森の小屋』をもっと素朴にしたような高床式の小屋もあるし、五右衛門風呂もあるし、ブランコもあるし、畑もあるし、実のなる木もあるし!

(今回は、グミの実と桑の実が食べごろでした)

 

 

これはすごい……。

 

 

となりのトトロの世界みたい!

 

 

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くるみの木からさがっているブランコ。最高に気持ちいい!

 

 

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有機栽培の畑。こちらは「地球クラブ」のメンバーが植えているそうです。うちの畑よか立派ですよ。

 

 

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カブトムシの、もうすぐ成虫になるヒトたち。本当は掘ってはいけないそうなんですが……子どもの好奇心のためにごめんなさい。

 

 

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沢ガニ発見! で色めき立つ一同。男子2名はすでにパンツ一丁です。

 

 

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「オレはゲームとかユーチューブが好きだ」と言っていた人がパンツ一丁で池にみずから入りました。

 

 

濁っていて中がよくわからない池に入れるだけで尊敬しますよ。

 

 

畑のそばで、おがくずなどを積んでいたところには、カブトムシの幼虫が大量発生。

少し掘り起こして様子を観察しました。

 

 

カブトムシの幼虫は、自分用の丸いスペースを作るんですね。

それがまたきれいな卵型で、きめのこまかい陶芸用の土みたいにすべすべなんです。

 

ちょっと掘り崩しただけで、このスペースがたくさんあるのがわかります。

なるべく傷つけないように観察して、埋め戻しました。

(本当は幼虫のスペースを守るために、掘り起こすこと自体やらないほうがいいそうです。カブトムシさんたち、ごめんなさい……)

 

 

そのあとは、ブランコをこいだり、池を観察、池に入る、沢ガニを見つける、初物のきゅうりを収穫など、好奇心のおもむくままに活動しました。

 

 

今日は、2歳のSちゃん、うちの長男、長男と同い年で同じく不登校のTくんの3人が参加していました。

 

 

男子2人はさすがにエネルギーいっぱいで、遊び方がワイルド。

 

 

「おれ、ほんとは行きたくねーんだよなー。『コロコロチャンネル』見たいんだよなー」と言っていた長男は、パンツ一丁で遊んでいました。

 

 

そのパンツも池でびしょ濡れ、最後はノーパンでズボンをはいていました。

(「着替え? イラネー」って言ってたのダレだ)

 

 

地球クラブができたのが1995年(わたしが高校を卒業した年!)ですから、もう22年続いているんですね。

 

 

何もなかったであろう里山に、こつこつ手を入れて、ここまで気持ちのいいフィールドを作ってこられたことに、心を揺さぶられました。

 

 

来年度からはここで「森のようちえん」がはじまるそうです。

朝、青木の道の駅に集合して、歩いてフィールドまで行くそうですよ。

なんてすてき!

うちの双子も、こちらに通わせようかな?

 

 

とりあえずは毎週1回、長男とここでジブリ的世界の時間を過ごしたいと思います。

 

 

 

「ブルースカイ親の会」に行ってきたよ

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写真:「ブルースカイ」の活動場所である、長野市の障害者福祉センター。調理室や体育館もあります。

 

 

 

不登校の当事者、保護者でつくる会「ブルースカイ(登校拒否を考える親と子の会)」に行ってきました。

「ブルースカイ」は平成2年設立ですから、もう27年活動を続けていることになります。

 

長野県内では古株なのではないでしょうか。

全国的な不登校ネットワークともつながりがあって、会報を出したり、イベントをしたり、積極的に活動を続けている印象です。

 

www.jisedai.pref.nagano.lg.jp

 

すでにお子さんが成人されている方も多く、たくさんの経験と知恵が蓄積している団体です。

 

 

とある方が、「ブルースカイ」で相談したところ、話をよく聞いてくれて、すぐに人を紹介してくれて本当に助かったと言っていました。

 

 

長野県で不登校支援の団体を調べていたときに、「ブルースカイ」の名前は真っ先に目にしていました。

 

 

そこで、一度行ってみたいと思っていたのです。

 

 

今回は、新しく来ていたのはわたしともうお一人でした。

 

 

気が付けば、こんなによくよく話を聞いてくれるのだと驚くほど時間をかけて話を聞いてくれて、似たような体験をされた方のお話も聞けました。

 

 

お子さんが3人いらして、ひとりは完全に不登校、ひとりは途中少し不登校、ひとりは学校に通いとおした、というふうにまったくちがう子育てを経験された方もいました。

 

 

以前に書いたように、わたしは今、「子どもを学校に戻せるようにしてほしい」とか「いじめを解決してほしい」とは考えていません。

 

ただ、

 

・学校から村の教育委員会へあがっている報告書を開示してほしい

・なぜ、証言の食い違いをそのままにして、解決を放棄したのか

・校長の態度がなぜ途中で変わってしまったのか

・担任はこの一件をどう考えているのか

・村の教育委員会としてはどう考えているのか

 

を知りたいと考えています。

 

 

同じようなことを考えて、学校 → 市の教育委員会 → 県の教育委員会に粘り強く要求を続けた方は、納得のいく回答が得られるまで数年かかったそうです。

 

回答が出るには出るのですが、満足のいく内容ではなく押し戻す……ということを繰り返さざるを得なかったのだとか。

 

行政相手ですから、途中で担当者が変わってしまうことも、なかなか満足いく対応が得られなかった要因だったのかもしれません。

 

 

最終的には、当時の県の教育長がかなり話のわかる方で、そのご家庭に対して「対応が悪かった」ことを認めて謝罪する文書を出したことで決着したそうです。

 

 

ここでもやはり「人」なんですね。

仕方のないこととわかってはいますが、それにしてもここまで対応が属人的だと「賭け」ですよね。

運が悪ければ、なかなか終わりの見えない闘いを強いられることになります。

ため息が出てしまいますよ。

 

 

また、スクールソーシャルワーカー(以下、SSW)の本来の機能、仕事内容も聞くことができました。

 

 

当事者それぞれに話を聞いて、問題を明確にし、調整しながら話し合いの場を設定して解決に導く手伝いをするなど、子どもを取り巻く環境に働きかけていくのがSSWの役割だそうです。

 

 

青木村のSSWは、すべてが終わってからはじめて出てきて、しかも仕事としては「社会資源の紹介」をするだけ。

本来の業務から考えると、きわめて限定的な動きしかしていないことがわかりました。

 

 

この親の会と同時刻に、同じセンターの別のフロアで子どもだけの集まりもやっていました。

子どもも親の会に出入りして話に入ってくることがあります。

不登校の当事者(子ども)の視点には、何度もうなずかされました。

お子さんとどう接していいか悩んでいる人には、ヒントになるかもしれません。

これも、この会のいいところだなーと感じました。

 

 

不登校は、本当に人それぞれなのだ、と当たり前のことをより強く実感して帰路につきました。

ひとりひとりが、知らない道、前人未到の道を切り拓いていく。

同じ道は、ひとつもない。

そんなイメージです。

 

 

わたしの大好きな星野源さんが「知らない」という歌をつくっています。

その歌に、こういう一節があります。

 

終わり その先に 

長く長くつづく 知らない景色

さよならはまだ言わないで

物語つづく 絶望を連れて

 

不登校は、まさにこれ。

 

学校に行けなくなって人生終わったと思っても、その先にはまだ知らない景色が続いていく。

絶望は連れていくしかないけれど、でも自分の人生という物語は続いていくんじゃないかな……と。

(この曲は、幼い子どもを亡くした友人夫婦のために作られたようです)

 

 

そんなわけで、往復3時間かけて行った甲斐がありました。

 

 

来週は教育長とSSWとの面談です。

これまでの経緯と、こちらの望んでいることを文書にまとめなければ。

 

 

ため息を鼻息にかえて、がんばるとしますか!

 

 

 

不登校の子どもたち・親の集まりに行ってきたよ

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写真:上田市創造館横の公園。アスレチックあり、芝生あり、木陰あり、東屋あり、幼い子向けの遊具ありで、かなり楽しめます。

 

 

 

料理ブログばかり更新していて、こちらと青木村ブログがずいぶんごぶさたになっておりました。

 

 

先週は、長男はいったん勉強はお休みして、好きなことをさせる1週間にしていました。

(夫の仕事が忙しかったこともあり)

ベイブレード、レゴ、ゲーム、デュエマ(カードゲーム)、外遊び、読書などを堪能しつつも、「退屈だー」とよく言っていました。

 

 

わたしは友人に誘ってもらい、上田やその周辺地域の不登校当事者、家族の集まりに行ってきました。

 

 

まずは、夜やっている母のおしゃべり会へ。

少人数で、特にテーマは決めず、お茶とお菓子でおしゃべりをします。

 

 

はじまって半年くらいだそうですが、半年前からくらべると、みなさんの雰囲気がだいぶ明るくなってきたそうです。

やはり、月1回であっても、安心して話せる場所があるのは大事なことなのだなぁ、としみじみ感じました。

 

 

お母さんが1人で奮闘しているケースもあるようで、それはそれでまた考える必要がある問題だと感じました。

 

 

日曜日の日中、子どもたちもいっしょに参加する集まりでは、体育館でバドミントンやビーチバレー、卓球などを思い思いにやりました。

やってもやらなくてもよし。

誘われてやる子もいれば、何もしない子もいます。

「やらなきゃいけない」という感じがないのが、とてもいいなーと感じました。

 

 

そのあとは、となりの公園でおしゃべり&おやつタイム。

 

 

「今度はどこに行く?」

「バーベキューなんてどう?」

など今後の構想が広がります。

 

 

大きい子どもたちはさすがに公園で遊ぶことはしていませんでしたが、うちの子どもたちは体育館でさんざん走り回ったあとなのに、さらに土まみれになって遊んでいました。

(おかげで、夜はよく寝てくれました)

 

 

長男と同い年の男の子もいて、同じようなテンションで交流していました。

小学校低学年の不登校当事者は少ないので、うれしい出会いです。

 

 

この会には、ホームエデュケーションで長らくやっていらっしゃる方もいて、その方から「ホームシューレ」の新しい体験記冊子をいただきました。

 

これ、ほしかったんですよ~。

 

うちがホームエデュケーションに興味を持ったきっかけが、この前の版だったのです。

20人ほどの不登校当事者・保護者の体験記がのっていました。

 

 

やはり、つながることは大きいですね。

 

 

家族で気を張ってやっていましたが、仲間はいないよりいたほうがいい

心強いです。

 

 

いろんなケース、いろんな悩み、いろんな変化を知ることができます。

経験した者でなければわからないこともたくさんあります。

 

 

この集まりは、「みんなで仲良く」「わたしたちは仲間」みたいな同調圧力がなく、それぞれが出会う場として機能すればいいという雰囲気です。

主宰している方も「ちゃんとした会じゃないので」と言っていましたが、そこがいいなと感じました。

 

 

ほかにもいろんな会があって、「合う/合わない」があると思います。

そのときの自分に合う場所を見つけられるといいですよね。

 

 

というわけで、こちらの会にも顔を出しつつ、明日は長野市で30年以上活動を続けている「ブルースカイ 親の会」に行ってきます。

 

 

また、こちらでレポートあげますね。

 

 

 

 

「こどもSOSダイヤル」に電話してみたよ

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画像:文部科学省のHPに相談窓口一覧があります。

 

 

 

長男が学校に行かなくなって1カ月が過ぎました。

 

 

その間、わたしも夫も、悲しみや怒りの波に繰り返し洗われています。

日頃は忘れているのですが、ふとしたときにやってくるのです。

 

 

保護者であるわれわれがここまで傷つくとは思ってもみませんでした。

 

 

発端が発端だったので戦闘モードになるしかなく、気を張っていた反動なのかもしれません。

 

 

学校の外へ出たことで得たものもたくさんあるけれど、
もう二度と戻れない、味わえないことがあるのも確かです。

 

 

「平凡な暮らし」の中にある「子どもが学校に通う」ことにまつわるあらゆることが、わたしたちの暮らしにはありません。

 

 

両方は選べない。

 

 

それは仕方のないことだし、だからといって学校へ通わせる気には到底なれないのだから、この道しかないという結論に毎度至るのですが。

 

 

こんなふうに、ときどきしょぼくれた気持ちになっています。

 

 

それから「どうしても知りたい」ことが日を追うごとにふくらんでいます。

 

 

・なぜ校長先生は証言の食い違いを解消しようとしなかったのか

・もっというと、当初の誠実かつスピード感のある対応がどうして失速してしまったのか

・担任は一連の経過をどう考えているのか

・学校から教育委員会にどのように報告がいっているのか

 

 

……はい、もうすでに保護者の心境ではないです。

ジャーナリスト的な「なぜ?」という気持ちです。

なんなら「自称ジャーナリスト」の肩書で取材したいくらいですよ。

 

 

もうひとつ、長男が大きくなって疑問を持ったとき、答えられるようにしておきたいということもあります。

 

 

わたしが長男だったら(という仮定はあまり意味がありませんが)、ゆくゆく振り返ったときに「どうして校長先生は、学校はぼくを助けてくれなかったんだろう?」と疑問に感じると思うのです。

 

  

先日、教育長とスクールソーシャルワーカーと面談して、村の教育委員会も機能していないことはわかったので、どうやったらわたしが知りたいことを知れるのだろうと思い、文科省の相談窓口に電話をしてみました。

 

 

「24時間こどもSOSダイヤル」です。

 

 

ひととおり話して出てきたアドバイス

 

「学校に直接、そういったことを聞きたいと要望していただくしかないのでは」

 

予想はしていましたが、親身にサポートしてくれる窓口ではないんですね。

 

 

これはますます、取手市教育委員会文科省が直接指導したのはどういう経緯なのか、知りたいですね。

 

 

学校とやりとりするのはものすごく消耗するし、傷をえぐられるだけだからイヤだなぁ……というのが正直なところです。

今までの経緯から合理的に考えても、まともにやりとりできない可能性が高いだろうし。

 

 

なんで、いじめられたほうがこんなにがんばらないといけないんですかねー。

 

 

なんの罰ゲーム?

 

 

とりあえずは、文書にまとめて、次の教育長との面談のときに提示しようと思います。

村の教育委員会としてどう考えているのかも併せて聞きます。

 

 

続きはこのブログで書きます。

 

 

面談は6月27日。

括目して待たれよ! 

 

 

嫌われてもいい、からの人を求める気持ち

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写真:このブログを読んで、友人Nちゃんが白檀のお香を贈ってくれました。ほかにも、すてきな本を贈ってくれたり、その道の先達を紹介してくれた方もいます。 思いがけないことで、ほんとうに嬉しいです。大げさではなく、こういうときこそ、生きている甲斐があるというもの、と感じます。

 

 

 

この1か月の間に、いろんな発見や気づきがありました。

 

「あっ、わたしほんとうに、人に嫌われても構わないと思えるようになった」

という発見は、とても大きいものでした。

 

「人に嫌われたくない」一心で生きてきましたからねー。

 

 

おもしろいのが、一度「嫌われてもいい」と心底思えると、

 

・人とつながりたい

・人から認められたい

 

という気持ちが自分の中にあることを、はっきり感じられるようになったことです。

 

 

一見矛盾しているようにも見えるんですが、これらの思いはわたしのなかに矛盾せずに同居しています。

 

 

「人とつながっていたい」とか「人に認めてほしい」というのは、人がもつ、とても根源的な欲求です。

 

 

なんとなく、自分のなかでは、そういう気持ちには

 

・あさましい

・もの欲しそう

・甘えている

・貧乏くさい

 

という「ブレーキ」が働いていたように感じます。

 

 

ずいぶん厳しい「ブレーキ」で す ね……(苦笑)。

 

 

もちろん、今までもそういう気持ちがなかったわけではありません。

なかったら、いろいろまったく違うことになっていたはずなので。

 

でも、ここまではっきりと感じたことはなかった。

 

 

 

……で、だから何とか、だからどうってことはなくて、まったくもってただそれだけの話です。

 

まとまっていないですが、たまにはラフスケッチもいいだろうということでこのまま投稿してしまいます。

 

 

 

 

 

脱学校FAQ集 ~なんでも聞いて!~

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写真:長男は、ここでよく外を見ながら読書したり、動画を見たり、ゲームをしたりしています。

 

 

「学校に行かせていません」

「家で勉強しています」

 

というと、みなさん不安そうな表情を浮かべられます。

 

学校へ行かないのは「極論」だと感じられるようです。

おそらく「学校へ行かない子ども」を身近に知らないからで、無理からぬことです。

 

ですので、今日はよくある質問(FAQ)に答えていきたいと思います。

 

ほかにもあれば、ぜひお寄せください。

どんな質問にも、包み隠さず答えます。

 

 

 

Q1. 学校に行かなくていいの?

A1. 行かなくても罰則などは一切ありません。

 

まず義務教育は「大人が子どもに教育を受けさせる義務」であって、

「子どもが教育を受けなければならない義務」ではありません。

 

教育は義務ではなく、権利です。

 

そして、その教育を受ける場が、学校(公教育)でなくてはならないとは規定されていません。

 

 

 

Q2. 学校に行かないと社会性が身につかないのでは?

A2. 社会性を身につける場はいくらでもあります。

 

そもそも「社会性を身につける」とはどういうことなのでしょうか。

 

集団生活に慣れること? 

理不尽さとうまく付き合う術を身につけること? 

誰とでも仲良くやっていくこと? 

自分を抑えて、我慢強くなること?

 

だとするならば、社会性とはずいぶん貧相なものだと思います。

 

「学校=社会性を身につける場」という考えは、とても強いです。

 

学校では集団生活に重きを置いているから、その中で過ごすことで、社会に出て(という言い方もヘンですよね。誰しも生まれたときから社会の中にいるわけですから)荒波に揉まれても耐えられる人間になれる、ということでしょうか。

 

社会のなかで、どう身を置いていくか、またどう関わっていくかは、その人が決めることです。

外から「こうあるべき」と押し付けられるものではないはずです。

 

そう考えると、学校に行かないと社会性が身につかない、というのは思い込みに過ぎないと断言できます。

 

 

 

Q3. 転校やフリースクールじゃダメなの?

A3. 最初は考えました。

 

でも、長男が学校や学校的な場所を求めていないことがわかり、探すのはやめました。

 

転校しても公教育である以上教育方針は変わらないわけで、本質的な問題が解決するとは思えません。

これだけいじめが蔓延しており、学校や教育委員会の対応が問題視されている中で、

・またいじめに遭う可能性

・担任の先生(または学校長)によって対応が大きく違ってくる

といったことを考えると、これ以上学校に通わせるのは正直「ギャンブル」と同じだと思っています。

 

申し訳ありませんが、現状では、子どもを託す先としては不適切だというのがわたしたちの偽らざる気持ちです。

 

わたしたちが暮らしているエリアでは、小学校2年生でも通えるフリースクールは佐久まで行かないとありません。

車で片道1時間以上かかります。

 

以前からホームスクーリング(ホームエデュケーション)を知っていたこともあり、たまたま夫婦ともに在宅ワークという環境なので、決断は早かったです。

 

 

 

Q4. どうやって勉強をするの?

A4. 学校のカリキュラムは参考にせず、自分たちで考えて進めます。

 

年齢的には基礎学力をつける時期なのでそれはやりつつ、生活のなかに学びが詰まっているという目線で考えれば、なんでも勉強につながるし、だれもが先生になり得えます。

 

地球全体が、いや全宇宙が学校になりますよ!

 

本人の内からわき起こる「知りたい」という欲求をうまくとらえて、学びにつなげていきたいと考えています。

 

 

 

Q5. 子どもを家に閉じ込めるの?

A5. 閉じ込めもしないし、無理矢理連れ出すこともしません。

 

本人が行きたい場所があれば可能な限り連れていくし、わたしたち保護者の興味に付き合わせることもあります。いろんな人に会わせたいということは前から思っていたので、それは変わりません。

 

 

 

Q6. 友だちはいなくてだいじょうぶなの?

A6. 本人がどうしたいかによると思います。

 

いじめが発覚した当時は「もう青木村に友だちは作らない」と言っていました。

いじめそのものはもちろん、ほとんどのクラスメイトが助けてくれなかった、という絶望感が読み取れて、わたしと夫はかける言葉がありませんでした。それほど、つらかったのだと思います。

 

今は、近所に住むほかのクラスの子、学年の違う子と、夕方や休みの日に遊んでいます。

前からときどき遊んではいましたが、意地悪やイヤなことをしない関係性なので、自然と付き合いが続いているようです。

 

本人が望んでいればまた別なのでしょうが、友だちをもっと作りたいとは今のところ特に望んでいないようです。

わたしたちも、友だちは「数」ではないので、時間をかけて、自然と気の合う友だちが少しずつ増えていけば十分だと考えています。

 

「合わない人、イヤな人とも付き合えないとダメ」という考え方があるのは承知しています。

それが「自分を生かす我慢」だと本人が思っているのであれば、付き合えばよいと思います。

が、そういう関係は往々にして「自分を殺す我慢」ではないですか?

そういう「我慢」は、人生のあらゆる局面において一切しなくてよいと考えています。

 

 

 

Q7. 学校との関係はどうなるの?

A7. うちは原籍だけ残すかたちにしています。

 

学校を通じて配布されるお知らせ等については、今は週1回、教頭先生が持ってきてくださっています。
ですが、心苦しいですし、長男が先生方に会いたがらないので別の方法を相談したいと考えています。 

PTAなどは脱退しています。

 

本人が学校に戻りたいと望めば、いつでもそのように動くつもりです。

 

 

 

被害者や声を上げる人がウザがられる理由

先日投稿したこちら。

 

futoko.hatenablog.jp

 

 

おっと、引っ張るねぇ~~。

 

 

Facebookにリンクしておいたところ、いろんな方がコメントを書き込んでくださいました。

 

どのコメントも励みになるものばかりでしたが(ありがとうございます)、中でも唸らされたのが友人Sさんのコメントでした。

 

 

 

 Sさん

「リンクされている中傷記事読んで、印象に残るのはぎょごさんのことよりも、高給取りに対するルサンチマンがすごい、ってことのほうで…。「こそこそと裏で裁判」ってあるけど、裁判はむしろ公のものだし! 確かに、これは試金石になるかもしれませんね。どちらに非があるかということよりも、面倒くさいことに巻き込まれているというだけで倦厭しとけ、っていう感覚なんじゃないかな?これこそが、被害に遭った人に泣き寝入りをさせがちな日本の空気感なのかも。」

 

gyogo

(中略)

そうなんだよね、裁判なんか起こしやがってというニュアンスがすごくある。それゆえ実名晒されたわけでもあります…。裁判起こすって正当な権利の行使であって、それ以上でもそれ以下でもないんだけどね。裁判になるくらい人と揉めてる→当人にも問題あるんじゃないか的な思考回路かな。

(中略)

社長の思考回路はまさに被害者を見放す方向に働きましたね。客商売だからと言えば聞こえはいいけれど、要はめんどくさいことには巻き込まれたくないというだけで。悲しかったけど、すごく既視感ありましたね」

 

Sさん 

「(中略)

一般に、改善要求したり声を上げたりして面倒くさい奴だと敬遠されるデメリットと天秤にかけて、困ったことがあると静かに辞めていく人が多いんだと思う…」

 

gyogo 

「(中略)

静かに辞めていく人が多い、わかります。波風立たないからね。職場の場合、めんどくさい奴と思われても貫き通す『甲斐』があるのか、が分かれ目かも。そう考えると、そこまでする甲斐はないかな……という結論になりがちなのかもしれない」

 

 

 

被害者や声を上げる人がなぜ敬遠され、うっとうしがられ、バッシングに遭うのでしょうか。

 

今も、準強姦被害を実名と顔を出して公表した女性が、ものすごいバッシングに遭っています。

被害者を傷つける鉄板ワードがそれはもう満載で、今は本当に2017年なのか? と疑いたくなるほどです。

 

こういうときわたしがいつも思うのは、

 

おのれのキャパを超える事態に遭遇すると、
人はあらゆる手をつかって「なかったこと」にしたくなる

 

ということです。

 

このことについて、ひとつ忘れられないことがあります。

 

わたしが編集者だったとき、実父から性虐待を受けた女性の本を担当したことがあります。

彼女は性虐待が原因でさまざまな症状に見舞われ、学校にも行けなくなりました。

 

何軒もの病院や児童精神科医を回ったそうです。

でも、なぜ彼女がそうなっているのか、だれひとり見抜けなかったそうです。

 

専門家がよってたかって見抜けないんなんて、どうして?

 

その疑問を、わたしは彼女のカウンセラーにぶつけました。

 

そこでわかったのは「見抜けなかったのではなく、見抜かなかった」ということでした。

 

おそらく、目の前にいる子どもが虐待に遭っているということを認めたくなかったのだと思います。

もし虐待に遭っているとして、そのあと関係者全員を待ち構えているのは、あらゆる意味でハードな現実です。

関わりたくない、と思ってしまう心の動きは、あくまで是とはしませんが、あり得るでしょう。

 

こういう心の動きを心理学の用語で「否認」ということを、彼女から教えてもらいました。

認めてしまうと不安や不快感をおぼえるから現実を無意識に無視してしまう心の動きです。

 

被害者や声を上げる人に寄り添い、サポートする第一歩は、

この「否認」を意識するところからだと感じています。