まだ学校で消耗してるの?

2017年5月より小2長男・脱学校につき、家族で「学校のない生活」を模索中

4年ぶりの投稿です。ごぶさたしています

 

大変ごぶさたしております。
最後の投稿が2019年5月ですから、丸4年も間が空いてしまいました。

 

長男は中2に、次男・三男は小3になりました。

 

小学生だった長男が中間教室に楽しそうに通っている、という話で止まってましたね。

 

中間教室は先生が変わって雰囲気も変わり、夏休み明けから長男の足は遠のいてしまいました。
長男ははっきり言わなかったんですが、ひとりの先生が勉強するように言ってくるなど締め付けが強くなり、居心地が悪くなってしまったようです。

 

今思うと、通い始めた時の雰囲気は、むしろ例外的に居心地が良かっただけかもしれません。
勉強しない子を柔らかく排除するのは不登校支援という文脈ではダメだと思いますが、学校復帰を手放したがらない教育行政の自己規定からすると「当たり前」なのだと思います。(これは良し悪しではなく、そういうものということです)

 

その後、私は友人と居場所運営をしていたこともありました。
当時は幸い時間があったため、ほぼボランタリーな活動でしたが、続けることができていました。
が、1年ほどで私が仕事をしないと家計が厳しい状況になってしまい、友人には申し訳ないと思いつつ運営から手を引きました。
居場所をやってみたことで出会えた方、初めて知ることもたくさんありました。


二拠点生活とデモクラティックスクール

夫と三兄弟の団地ライフを支えてくれた街中華

 

2020年からは、愛知県岩倉市との二拠点生活に1年半、挑戦しました。
愛知県一宮市にあるデモクラティックスクールに通うためです。


知人を通して知り合った方が運営していて、一宮は夫の郷里でもあったため、いっちょやってみるかということに。
ちょうど下の子たちが就学を控えたタイミングだったこともあります。
(下の子たちは、本人たちと話し合って、最初から長男が通っていた近隣の小学校には通わないことにしていました)

 

場所に縛られない仕事をしていた夫が子どもたちと平日は岩倉の団地で暮らし、週末に青木村に帰ってくるという生活がはじまりました。
日系ブラジル人や高齢者が多くいる団地で、近所には外国食材の店もありました。子どもたちは公園で日系ブラジル人の子たちと自然に仲良くなって、相手のおうちにいつの間にか上がりこんでいるなんていうこともありましたっけ。


デモクラティックスクールにも、3人それぞれのペースで通っていました。

 

が、新型コロナウイルス感染症が広がり、一番激しかった2021年のデルタ株流行時に、最終的に感染予防策で運営者や他の保護者と折り合えないという予想外の展開に。


蓋を開けてみれば運営者以下他の保護者は「コロナはただの風邪」「子どもにマスクは危険」「ワクチンは危険」という考えの人が大半だったのでした。

 

このデモクラティックスクールを一番気にいっていた長男は、運営者から1対1で折伏される流れになったことで運営者を信頼できなくなり「もういい」と……。

 

加えて、夫が1年半で52往復にのぼった移動とワンオペ家事育児と仕事で限界を迎えていたこともあり、不本意ながら撤収することになりました。

 

子どもたちには本当に申し訳ないことをしました。
まさかこんなところでつまづくとは予想できず、私の人を見る目のなさに(私が見つけてきたデモクラティックスクールだったので)、とても落ち込みました。
夫は夫で、いったいこの1年半は何だったんだろう……と、しばらく落ち込んでいました。

 

とはいえ、なかなか会えない夫の母と交流が持てたり、青木村とはぜんぜん違う団地生活が体験できたことはよかったです。

 


ホームスクーラー生活へ

一時期は昼ご飯として弁当5人分作っていたことも(家で食べる)。3か月でやめた

そこからは、青木村で家族5人が常にステイホームのホームスクーラー生活が続いています。

 

ホームスクーラー生活がはじまってしばらくして、三男がYouTubeか何かで塾というものを知り、「行ってみたい」と言い出しました。
「もし勉強したいと言い出したら、ここの塾がよさそうだな」と目星をつけていた塾に、お試しで通いはじめることに。

 

「とっても面白いよ!」という三男につられて、次男と長男も芋づる式に通うようになりました。

 

今は、次男・三男は週3回、長男は週2回通っています。

 

加えて、次男・三男は月2回のアトリエ教室、週1回の民営フリースペース、三男は月2回のピアノ教室、長男・三男は週1回の空手、という感じで一気に忙しくなりました。

 

 

家庭学習も復活

食パンからマックフライポテトを生成する次男と、大きな絵に挑戦する三男

次男・三男が文字や数字に興味を持ちだしたことで、昨年から家庭学習も復活しました。前は長男の家庭学習を断念した夫ですが、もともと私以上に子どもたちをよく観察していることもあって、今回はいい感じで推移しています。やはり子どもとやりとりするのは、夫のほうがうまい……。
夫ができない時は私が見て、わからないところを教えたり、一緒に考えたりしています。

 

学習としては主に国語と算数を、教科書とドリルを使ってやっています。
最初はカタカナとひらがなが気まぐれに混じる“怪文書”を書いていた次男・三男も、それなりに文字を書けるようになってきました。
三男は、漢字検定を受けようかなと言っています。
算数は、特に次男はハマったようで、今は二桁同士の掛け算のワークブックをやっています。

 

他には、テレビ番組を録画したり本を買ってきたり(主に夫)、イベントに誘ったり連れて行ったり(主に私)しています。

 

お金も時間も潤沢には使えないけれど、子どもたちが興味を持ったことについては、その熱が消えないうちにできる限り手助けするようにしています。

 

とはいえこれも、夫も私も家で仕事している自営業だからできること。
行き当たりばったりではじめたホームスクーラー生活ですが、図らずも比較的容易に実現可能な環境だったことは、幸運だったと言わざるを得ません。

 

 

児相職員がうちに来た!

善光寺の楼門にて。長野市の児相って担当地域がめちゃ広なんですよ(写真と本文は関係ありません)

と、平和なホームスクーラー生活に、思わぬところから矢が飛んできたこともありました。

 

なんと、匿名氏から児童相談所に「あの家はこどもを学校に行かせずに閉じ込めている」と通告(いわゆる通報をこのように呼ぶらしい)されたのでした。
長野市にある児相の職員ふたりが、確認のために1時間以上かけてわが家にわざわざお越しになりました。

 

私は仕事で家を空けており、対応したのは夫でした。(少々のことではビビらない、そして自分が悪くないのに謝るみたいなことは一切しない夫でよかった)

 

「奥さんは何か配信とかされてます?」と言ってきたそうで、私のこのブログ(4年放置)Instagram(こどもがホームスクーラーとは書いているが基本食べ物ネタ)Facebookか、とにかく何らかの発信を見ている匿名氏の仕業だったようです。

 

夫が事情をしつこいくらい詳細に話し、子どもたちにも会わせて、児相職員は「今後同じような通告があったとしても、だいじょうぶですと伝えます」と納得して(気圧されて?)帰っていきました。

 

不登校家庭が児相に通告されるというのは聞いたことがあったので、「うちも通告されることがあるかもしれない」と考えたことはありました。
特に、共稼ぎ家庭などで日中やむなくこどもだけで家にいる状態だと、ネグレクトだと突っ込まれることがあるようです。
わが家は夫婦ともに自営業で特に夫は在宅していることがほとんどなので、子どもだけになる時間は極力ないようにしているものの、そんなこと周りは知らないでしょう。

 

学校に行っていない事情を知らない人は当然いますし、そういう人の中には「学校に通わせないなんてひどい親だ!」と義憤にかられる人がいても(迷惑極まりないが)おかしくないとは思いますが、ただでさえ多忙な児相に虚偽の通告はあかんやろ……。

 

今は子どもがいる家庭に嫌がらせをしようと思ったら、児相に連絡するのが一番手軽です。子どもの命最優先で通告のハードルを下げるための匿名、ということなんでしょうが、悪意のある人にはいいシステムですねー。(棒読み)

 


気持ちの変化

とあるイベントで活字クエストにハマる長男

いろんなことがあった中で、私の気持ちも少しずつ変わってきました。

 

長男をいじめた子どもたちと傍観者たち、当時の校長と担任、教育委員会に対して思うことは当時から変わりませんが、「学校みたいな危険な場所は行かないほうがいい」と尖りまくっていた気持ちは、「何の心配もなく行ければどんなにいいか」と変わりました。

 

どれだけ変わったかというと、「学校なんて行かなくていいよー」としか言わない人にモヤッとするほどには……(毒舌御免。子どもたちはどんどん大きくなるのよー。そして支援はものすごーく手薄でめちゃくちゃ孤独なのよー)不登校の問題は、学校に行かないことではなく、その先にあるからです。

 

学校に行かないという選択をしても、大人の教育を受けさせる義務と、子どもたちが学ぶ権利は依然としてあります。
そこをオーダーメイドでやっていくのは、簡単なことではありません。
放任でいいというのもひとつの考え方で、わが家もそういう時期がありましたが、それがベストだったとは思っていません。

 

いろいろ問題はあるとしても、学校はいろんな体験ができるようにできています。
同じことを家庭でやるのはほぼ不可能で、子どもになるべくいろんな体験をしてもらいたくても、「お金の問題」と「親の時間と手間をどこまで割けるかという問題」がどうしてもつきまといます。

 

あとは、同世代の友だちを学校外でつくることの困難さたるや。
これはもう、いかんともしがたいところです。
親が友だちを連れてくることはできないし、友だちはつくるものというよりできるもの。
申し訳ないと思いつつ、子どもたち自身が「友だちほしい!」と切望して行動してもらうしかないかなと思っています。

 


これがわが家の「ふつう」

 

そんなこんなで、今は不登校関係でつながりをつくること、不登校をディグることからは距離を置き、遠くから眺めている状態です。
世間的にはイレギュラーなこの暮らしこそが、私たち家族にとってふつうになったからかもしれません。

 

不登校の予防に力を入れるよりも、学校の在り方を変えてほしい。
不登校という言葉が意味を持たなくなるくらい、学校や学びのスタイルが選べて当  たり前の社会であってほしい。
・経済的な格差が学びの障害にならない社会であってほしい。
・いじめをゼロにしたい。

 

その気持ちは変わりませんが、今は、訴えたい情熱は前ほどありません。
訴えることはとてもエネルギーがいるし、心が穏やかではいられなくなるからです。
(だからこそ、活動を続けている人をとても尊敬しています)
諦めといえば諦めかもしれないし、逃げといえば逃げかもしれないです。

 

中2の長男はN高に行こうかな、と言っています。
私の友人のお子さん、取材で知り合った大学生にもN高卒業生がいて、いろいろ話を聞いています。
よさそうなところ、そうでもなさそうなところ、どちらもありますが、長男が興味を示していることが一番大事だと思っているところです。

 

3人はとっても素敵な子に育っています。
それはもう、自分の子と思えないくらいなもんで。(親バカと笑わば笑え)
「生きてるだけで丸儲け」が私の座右の銘ですが、その言葉の意味を、毎日囲む食卓で感じているところです。


**************************************


このブログでは、「私の経験からよかったと思う」団体、媒体などをいくつか情報提供してきました。
が、その後の経過により、情報提供というかたちでおすすめするのは控えたいものが出てきたので、当該記事については非公開とします。ご了承ください。