まだ学校で消耗してるの?

2017年5月より小2長男・脱学校につき、家族で「学校のない生活」を模索中

《後編》子どもとヨコの関係になる、恐れを手放して愛するには? ~「オヤトコ発信所と勉強会」に行ってきたよ

↓《前編》はこちら

futoko.hatenablog.jp

 

では、後編にまいりましょう。

午後は、「愛する」について学び合います。

 

 

 

 

 

「愛」ってなんだ?

愛って言葉はよく出てきますよね。
私は、ちょっと身構えてしまいます。
愛ほど大事な言葉もないことは理解していますが、愛は愛ではないもの、愛もどきのもののカモフラージュとしても実によく、便利使いされているからです。

 

 

よっぴーさんの文章には、よく「愛」という言葉が出てきます。

この勉強会に参加するまでは、私はよっぴーさんが使う「愛」の意味を正確には理解できていなかった、ということを痛感する2時間でした。

 

 

午前と同じく、まずはシンキングタイム。

崎陽軒のシウマイ弁当でくちくなったお腹から、脳みそに血液を戻しますよ。

 

 

● 子どもが昼夜逆転していてせっかくの元旦にも家族が揃わない
● 子どものお誕生日にケーキを用意したのに「いらない」と言う
● 子どもが「こんなご飯たべたくない」と言う
● 調理中に「ちょっとお皿取って」と頼むと「イヤ」と言う

 

 

こういう状況のとき、どんな感情が湧いてきますか?

 

まあ、一般的には「ムカッとくる」となるでしょうか。

 

しかし、どうしてムカッとするんでしょうね?

改めて考えてみると、不思議ではないですか?

 

 

どうしてその感情が出てくるのか?
そこを考えていくと、見えてくるものがあります。

 

そして、それは少なくとも、「愛する」という言葉からは離れたものであることに気づきます。

 

 

私は、愛するとは、相手の幸せを願う事、相手がやりたいことを応援すること、だと思っています。
そこに、自分の意向は絡ませない
それが愛だと、私は考えています。

 

 

 

ムカッときたら、その手前を見る

ムカッとくるときの手前にある感情はいろいろありますが、一言でいうと「愛されていない」という感覚なのではないかと思いました。
愛されていないという「事実」ではないですよ。
「そう感じたという現実」です。

 

言い換えると、「受け入れられていない」という感覚とも言えます。

▼ここから先は、勉強会に参加して聞いてみて下さい▼

 

 

 

I(アイ)メッセージで伝える

よっぴーさんの話を聞いていて私が思い出したのは、「I(アイ)メッセージで伝える」ことの大切さです。

アイメッセージとは、「わたし」を主語にして相手に伝えるということです。

 

相手に何かを言う時に、「あなた」「みんな」という言葉が主語になったら要注意です。
「あなたはどうしてそうなの?」「みんなもそう言っている」。
相手を責める言葉ですね。
これは……愛する、とは離れる言葉ですね。

 

でも主語を「わたし」しか使わないようにすると、責める言葉は使えなくなるんですよね。
不思議なことに、きちんと境界線が引けるんです。


日本語は主語がなくても成り立つ言語なので、ここは結構大事な急所だと私は思っています。

 

 

 

やり方を知らないなら学べばいい

ヨコの関係10か条を挙げたときだけにとどまらず、よっぴーさんが繰り返し言っていたのが、

 

私たちはやり方を知らない。だからできない。でも、学ぶことはできるし、自分を訓練することはできる。

 

ということです。
そう、自分を変えることはできるのです。

 

 

 

練習あるのみ!

もうひとつ印象的だった言葉が、「イチローですら3割」
10球打ったうち、3球が安打になればすごい打者と言われる。
すごい打者なのに、毎日毎日練習を欠かさない。
試合に向けてのコンディションづくりをすごく大事にしている。

 

ということはですよ、わたしたちも「ヨコの関係」を作るのに、「愛することを知る」ために、安打ではない7球を受け入れつつ、毎日練習あるのみということです。

 

 

よっぴーさんは「失敗する自由」という言葉も使っていました。

 


子どもにも失敗する自由があるのと同じように、親にも失敗する自由があります。
失敗したら、「ああ、これは失敗だった」と( ..)φメモメモして学べばいい、と思うと少し肩の力が抜けますね。

 

 

そもそも、タテのものをヨコにするには、すごくパワーがいります。
だから、自分の「重し」になる言葉を自分で探してね、とよっぴーさんは言っていました。

 

 

さて、ここから先は自分で「考え続けて」「実践あるのみ」です。

 

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こんな素敵な冊子がお土産でいただけます。デザインはよっぴーさんのお嬢さん・まりんさんです。今日学び合ったことを振り返るのに使えます

 

 

 

大人の経験と知恵の使いどころ

めんどくさい?
そうですね。


でも、それが大人、先に生まれた者のつとめかなと私は思っています。

 

大人の経験と知恵の使いどころはまさに、ここ。
経験と知恵は、子どもに教えるために使うのではなく、子どもと学び合えるような環境づくりに使うのだと私は理解しました。

 

教えるのは簡単です。

でも、教えてほしいと言われてないのに教えることは、余計なお節介になり得ます。
そんな場面は結構あるのではないでしょうか。

 ・スプーンが欲しいと言っていないのに、察してスプーンを出してあげる

 ・「寒い」と言っていないのに、寒そうに見えたから上着を着せてあげる

こういう行為は、一般的には「親切」「気が利く」と言われるだけに、やっかいです。少なくとも日本では、美徳とされていますね。

 

 

「早く着替えて!」「お風呂まだ?」「もう出かける時間なのに!」「またこぼしてる!」「こんなに寒いのになんで薄着なの?」……etc.と言い続ける毎日よりも、

 

子どもを「小さい人」として尊重しながら、そういうことを言わずに済むように私にできることはないか?

 

に知恵を絞る毎日のほうが、よっぽど楽しそうじゃないか! と私は思います。

(おまけに、圧倒的に楽ですよ)

 

 

めっちゃクリエイティブですよ。

 

 

一生かかるかな?
かかるかもね。

 


でも、一生をかけるかいがあるテーマではないですか?
少なくとも、私はそう思っています。