まだ学校で消耗してるの?

2017年5月より小2長男・脱学校につき、家族でオルタナティブを模索中

親の学校歴をさらす!

えー、脱学校をうたっている当ブログではありますが、

実際に脱学校をしているのは長男です。


保護者であるわたしと夫はどういう学校歴だったか、さらしたいと思います。

 

夫婦ともに学校は小・中・高・大と行き通したわけですが、振り返ってみると、いずれ脱学校する運命だったのかなという片鱗が垣間見えてきましたよ。

 

まずは、わたくしgyogoの学校歴からどうぞ。

 

 

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写真:5歳のときのわたし。今の次男に激似! ちょうどすぐ下の弟が生まれたときです。右に写っているのは祖母の妹、大叔母さんです。よくかわいがってもらいました。

 

 

1976年大分県大分市生まれ、今年41歳になります。

・小学校から高校まで公立校。大学は私立。

・入試は高校と大学。一般入試のみ

 

 

父の転勤で暮らした福岡では、自由学園「幼児生活団」という幼稚園に、西鉄バスに乗って通っていました。

 

園児の持ち物などはすべて親が作る、週1回だけ登園、あとは家庭でいろいろ実践(二十日大根を育てたり、小鳥を飼ったり)、母親が園児の昼食やおやつを持ち回りで作りに来るなど、変わった幼稚園でした。

 

母親が専業主婦でないと通わせられないスタイルだったと思います。

縫物もろくにできなかったという母はここで家事全般の腕を上げ、親しい友人もできたようで、いきいきとしていました。

 

この幼稚園、サラリーマン家庭は当時うちだけだったみたいで、そのことで嫌味を言われることもあったらしいです。

なかなかに香ばしいエピソードです。

ちなみに、当時のわたしは外で平気でおしっこをする子で、それも「こんなお子さんははじめてです!」と呆れられていたみたいです。

 

幼いころは余計なことを言いがちな子どもでした。

よく言えば利発。悪く言えば生意気。

例によって加害者としての自覚はありませんが、今思えば、友だちのこともよく傷つけていたんじゃないかと思います。

 

長女で5歳までひとりっ子だったこともあって、けっこう厳しく躾けられて窮屈に感じていた記憶があります。
ありのままの自分でいると、怒られるか嫌われるか。

当時『アナと雪の女王』があったら少しはなぐさめられたかもしれません。

  

小学校は父の転勤で、福岡→東京→大分と3校通いました。

 

特に勉強ができる子ではありませんでしたが、大分に戻ったらなぜかできる子になっていました。

東京と大分の学力差がかなりあったからでしょうか。

 

小学校と高校でいじめや無視をされたとき、先生も親も取り合ってくれなかったことから、自分の子どもがいじめられたら全力で守ろうと心に決めたことを覚えています。

 

中学のとき、理科の先生から「gyogoさんのお宅は、大分市のもっと中心部に引っ越されるご予定はないんですか?」と尋ねられたと母が言っていました。
環境が変わればもっと学力が伸びるんじゃないか、という趣旨だったようです。

どこでもそうだと思いますが、自治体の中心部のほうが学力が高い場合が多いみたいですね。
うちは大分市の東の端だったので、中心部に比べて小中高とも学力はそんなでもない、という感じでした。

その先生がそんな風に思っていてくれたことはうれしかったですね。

 

学校には過剰適応していて「gyogoちゃんは校則をひとつも破っていなそうだねー」と同級生に言われていました。(皮肉?)

とはいえ、先生ってホントに無神経だなーと思うことも多々あって、学校が好きだったわけではないです。

「ねばならない」が強い子だったので、それを燃料に通っていた感じですね。

大分県ってキツい管理教育で有名なんですね。最近知りました)

 

大学は東京に出たいというのがまず先にありました。

東京で国立に行けるほどの頭はなかったので私立を受けることにして、それならば慶應か早稲田だ! わたしには早稲田のほうが合いそうだ! という短絡思考で早稲田を目標に。

 

間違った自己評価と無駄に高いプライドでおのれの学力を冷静に見ることができないまま、早稲田は4学部受けて当然のように全敗。

 

日程と偏差値のみで選んだ滑り止めで受かったのは、立教と埼玉大のみ(高校が国立コースだったので国立も受けなければならなかった)。

結局入学したのは長嶋茂雄の母校でしたが、それすらも知らなかったという体たらくです。

 

学部の選び方もヒドイの一言。

「つぶしがきくから」「勉強したことのない内容だから」という理由で経済学部に。

マルクスケインズが生きていたら冷笑されていたことでしょう。

結局ゼミも途中でやめてしまい、卒論を書かずに経済学士号をもらったバカ学生でした。
(当時、立教の経済学部は卒論を書かなくても卒業できたのです)

 

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当時のわたしには、やりたいことはありませんでした。

とりあえず社会に出るパスポートとして大学に行かないといけない、と思い込んでいただけでした。

 

そんなふうに大学に行かせてもらったわたしですが、子どもたちには同じ轍は踏ませないと決めています。

 

自分はやってもらったのに子どもにはやらないのはアンフェアです。

 

でも、それは本当の意味で子どものためにならないと考えています。

 

・そもそも大学に行く必要があるのか?

・なぜその大学でなければならないのか?

きっちり調べさせてプレゼンさせる予定です。

 

日本ならば、下手すると1000万以上かかる投資になります。

社会に出るためのパスポート代としては高すぎるし、日本の大学を卒業しても実質的な力にはならないケースが圧倒的に多いから、生半可な理由では通わせる気になれないのです。

 

第一、そこまでわが家の経済がもつかどうかわからないしな!

なんなら、どうしても高等教育を受けたいならば、学費が無償で勉強漬けになるヨーロッパの大学を狙ってほしいとすら考えています。

 

堀江さんの受け売りじゃないけど、10代で起業したっていいんだし。

最近「小学生ユーチューバー」を目指している長男を見ていると、それもぜんぜんアリだと思っています。